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大甕神社

蝦夷の指導者 カガセオの本拠地

神武天皇以前の「神の治めた時代」に創建されたと伝わる。1695年に水戸光圀公によって造営、整備された。主祭神 武葉槌命(倭文神 しずりのかみ とも呼ばれる織物の神様)、地主神 天津甕星(天香香背男 あめのかがせお)が祀られている。大和朝廷配下になった時に封印されたと言われる。

天津甕星は東北一帯を支配していた暴れん坊の神様で、鹿島神宮の武甕槌命でさえ手を焼いた。彼を大甕山の巨石に閉じ込めたのが、武甕槌命である。この岩山が「宿魂石」と呼ばれる。


大甕駅950m

https://maps.app.goo.gl/HQmmyZgb2dmCp2Bi8

物部氏の祖神 饒速日命

物部氏の伝承が数多く含まれている「先代旧事本紀」という書物がある。天地開闢から推古天皇までの神話と古代史を記した謎の多い歴史書である。

平安時代初期に編纂され、記紀(古事記・日本書紀)にはない物部氏独自の伝承が数多く含まれている。これが本書の最大の魅力であり謎である。

作者不詳だが、通説では物部氏の関係者(石上神宮の神官など)が、一族の正当性や由緒を示すために編纂したという。本書の序文に聖徳太子や蘇我馬子が推古天皇の命を受けて編纂したとの記述があり、かつては記紀と並ぶ神聖な書物と信じられていた。

最新の研究では以下のような背景が推測されている。

成立時期: 9世紀(827年〜829年頃)とする説が有力である。

編纂の意図: 当時、新興勢力の藤原氏などに押されていた物部氏一族が、「自分たちは天皇陛下よりも先にヤマトに来ていた、最も古く正統な家系である」と主張するために、古い伝承を集めて編纂したと考えられている。

作者の候補: 近年の研究では、当時の官僚(明法博士)であった興原敏久(おきはらのとしひさ)が編纂に関わったという説も提唱されている。 

本書は長らく「偽書」として扱われてきたが、そこに記された「記紀が消したかった、もうひとつのヤマト王権」の姿が、現代の歴史ファンや研究者を惹きつけている。

作家でYouTuberの茂木誠氏もその一人で、物部氏の祖神であるニギハヤヒ(饒速日尊)と、天皇家の祖先であるイワレヒコ(磐余彦尊=神武天皇)の関係性(同じ天孫族)に注目し、ゆかりの神社の一つ、物部神社を訪ねた動画を公開していた。


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